愛し子

 赤狼の節、七日。この日は今のベレトにとっては最重要と言っても過言ではなかった。当の本人は大して気にも留めていないようだったが、ベレトは違う。愛する者がこの世に生を受けた日、というだけで、途方もなく愛おしく感じるのである。
 だからこそ、困っている。
 というのも、二人にとってこの日がやってくるのは伴侶となってから数えても五回目。欲しいものを贈るにしても、本や花ばかりでは味気ない。少し豪勢な食事や好みそうな甘味も毎年振る舞っているし、所謂『贈り物は自分』というやつも——そもそも自分は既にリンハルトのものなのだが——実行済。とんでもなく恥ずかしかったが。
 リンハルトが特段変わったことを望んでいるわけではないのは理解しているのだが、それではベレトの気が済まない。そこが問題なのだった。
 そして悩みに悩んでいるうち、妙案が思い浮かぶはずもなく当日を迎えようとしている。月明かりは高く、もう日付も変わってしまうだろう。夜を忘れて没頭してしまう伴侶を寝台へ引き摺り込む時間が、やってきてしまった。
「……リンハルト、そろそろ寝ないか」
「ん、ああ。もうそんな時間ですか?」
 声をかければすぐに顔が手元から上がる。研究や読書に熱中する癖は変わってはいないが、こうしてベレトと共に寝台へ潜る夜がリンハルトにとっては最優先らしい。伴侶としての関係を築いてから、断られたことは片手で数えるほど。それも、致し方ない理由があるときばかり。
 布団に潜り込み、軽く抱きしめて、それから小さな口付けをひとつ。解かれた髪の落ちる白い頬をゆったりと撫でながら、もう日付も変わったか、とベレトは観念して口を開いた。
「……誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。どうしてそんなに不服そうなんですか」
「なにも思いつかなかった。すまない」
「あはは。素直だなあ貴方は」
 悔しい。負けた気分だ。だが、それでも目の前のリンハルトは少しばかり嬉しそうにしているからベレトの心もゆるりと温かくなる。口元を緩めれば逆にリンハルトの指先がベレトの頬を滑った。
「別にいいって言ってるじゃないですか、毎年。貴方さえいてくれたら僕は幸せなので、いつも通りで」
 リンハルトはこの通り。祝い甲斐があるのかないのか、と思いつつも、やはりベレト自身の自己満足に関わってくる。それが伝わっているのか、リンハルトは付け加えるようにもう一声、二声。
「ああでも。去年作ってもらった白い焼き菓子。あれはすごく好みだったのでまた食べたいです。卵白と砂糖で作ったやつ」
「あれか。わかった」
「あとはそうだな。うんと甘やかしてください」
「それはいつもやってる気がするが」
「じゃあ、いつもより多めで」
 有言実行とばかりに額が胸元へ擦り付けられた。かわいい唯一無二の愛し子を、丸一日かけて存分に甘やかすことに決める。