「リンハルト、」
ぎしり、と木製の寝台が軋む音。何か言いたげな伴侶の声。本の向こう側に影が落ちる。広い寝台のど真ん中を占領しながら本を読み耽っていたリンハルトは視線をそっと上げた。ベレトはまるで初陣の若い戦士かのように口元を固く引き結んで、リンハルトを見下ろしている。
どうしたんだろうなあ。一体目の前の彼は何を考えているのか。当ててみたい。当てたところでご褒美なんてものはないのだが、ベレトの思考を読めたというだけでリンハルトにとっては褒美のようなもの。自らの鼻から下は本に隠れたまま、じいっとベレトの表情を見た。それから先程の声音を思い出す。あと、今の状況。
ベレトの鍛えられた両腕はリンハルトの顔の横に置かれていて、脚はリンハルトの身体を跨ぐように。体重はかけられていないため、馬乗り、というよりは押し倒されているかのよう。まあ、リンハルトは自分の意思で寝転がっていて、その上にベレトがやってきたので厳密には違うのだが。左手薬指にはリンハルトの贈った指輪。もちろんリンハルトの同じ指にも銀色が光っている。
長考している暇はない。視線はゆるりと逸らされた。少し慌てたように本を閉じる。腕を伸ばしてベレトの首の後ろへ。うなじにかかる長めの襟足を揶揄う。困ったように眉が下がり、視線が合った。
たぶん、いや、十中八九、間違えていないと思う。
「いいですよ」
お好きにどうぞ、という意味を込めてそれを口に出す。両目は薄く見開かれ、じわりと頬が染まって、こくり、ひとつ頷く。
ベレトの前髪がリンハルトの額をくすぐる。犬の挨拶みたいに鼻先をちょんと寄せる。至近距離で目が合う。世界が貴方でいっぱいだ。くすぐったいそよ風がリンハルトの胸の内を通り抜ける。
一瞬。この一瞬のくちづけのために、この人はどれほどの覚悟を決めなければならないのだろうか。おかしくなって、愛おしくなって、離れた瞬間の唇からはくつくつと小さな笑い声が漏れてしまった。